束帯についてです。
2007/10/22 日記<束帯>
束帯
の縫腋の袍(阿部正弘)
束帯(そくたい)は平安時代以降の天皇以下公家の正装(平安装束)。衣冠を「宿直(とのい)装束」と呼ぶのに対し束帯は「昼(ひの)装束」と呼ばれる。
構成
束帯の構成は、冠を被り、上から袍・半臂(はんぴ)・下襲(したがさね)・袙(あこめ)・単(ひとえ)を着用、袍の上から腰の部位に革製のベルトである石帯(せきたい)を当てる。袴は大口袴・表袴の二種であり、大口を履き、その上に表袴を重ねて履く。足には襪(しとうず)を履く。帖紙(たとう)と檜扇を懐中し、笏を持つ。公卿、殿上人は魚袋(ぎょたい)と呼ばれる装飾物を腰に提げた。なお、束帯には文官・武官による区別があり、文官と四位以上の武官は縫腋袍|縫腋袍(ほうえきほう)を用い、冠は垂纓とした。五位以下の武官は闕腋袍|闕腋袍(けってきほう)を用い、冠は巻纓とした。さらに、武官・中務省の官人、勅許を得た参議以上の文官は大刀を佩用した。その場合、大刀は平緒(ひらお)で括り、腰に結びつけた。
特徴
下襲の後ろ身頃(背部)は長くできており、着用時は長く尾を引くように引き擦った。この部位を裾(きょ)と呼び、束帯姿の大きな特徴である。また、裾の長さによって身分が表されるようになると、下襲自体が長大になった為、下襲と裾が分離するようになった(別裾)。その場合、下襲を着た後に腰に裾を当て、裾から伸びる帯を前に回して結びつけた。しかしながら、天皇と皇太子が着用するものに関しては下襲と裾が続くものとされている。また、纔著(さいじゃく)と言われる丈の短い裾もあり、地下人|地下官人の束帯に用いられた。*文官は冬期は半臂を廃して着用していた。これは文官の用いる縫腋袍は脇が縫われているので、着用の有無を外見から判別出来ない為である。夏期は半臂が透ける(袍の布地が薄い為)ので着用されていたが、近世に入ってからは夏期も廃された。なお、今鏡には、冬期にくだけた場面で袍を肩脱ぎした際、皆下襲が露わになる中で藤原教通のみがきちんと半臂を着用しており、周囲がいたく自らを恥じた、という逸話が残されている。この事から、本来は冬期も半臂を着用する制であったことが伺える。天皇に関しては半臂を略さないとされる。*衣冠は本来宮中に於ける宿直用の装束(とのいぎぬ)であったが、宮中での勤務服として定着するにつれ、束帯は儀式に用いる儀礼的な服となった。関連項目
有職故実
位階
日本の官制
ドレスコード外部リンク
http://www.iz2.or.jp/fukusyoku/wayou/3.htm
文官の束帯
http://www.iz2.or.jp/fukusyoku/wayou/5.htm
武官の束帯
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