西陣織についてです。
2007/10/10 日記<西陣織>
西陣織
西陣織(にしじんおり)とは、京都の先染め織物を、まとめたもの。西陣とは、応仁の乱時に西軍が、本陣を置いたことから、この名前がつけられた。
ただ、西陣という行政区域は特別にはないが、この織物に携る業者がいる地区は、京都市街の北西部、おおよそ、上京区、北区 (京都市)|北区の、南は丸太町通、北は上賀茂、東は烏丸通、西は西大路通に囲まれたあたりに多い。応仁の乱を期に大きく発展したが、応仁の乱より昔の、5世紀末からこの伝統が伝えられている。また、西陣、西陣織は「西陣織工業組合」の登録商標。14代将軍徳川家茂は京都行きが決まると妻和宮に故郷の土産は何がよいかと訊ねたところ、和宮は西陣織をねだった。しかし家茂は大阪城で亡くなり、和宮には西陣織が届き悲しみつつ歌を詠んだ。「空蝉の 唐織ごろも なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ」
外部リンク
http://www.nishijin.or.jp/
西陣織工業組合
http://www.ktri.city.kyoto.jp/
京都市産業技術研究所繊維技術センター
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